競馬界の「二刀流」「三刀流」の異端児たち

2024年の京都ハイジャンプ(J・G2)を制したシホノスペランツァ。彼のキャリアを振り返ると、ある興味深い事実に気づかされる。彼は平地の長距離G1・菊花賞で5着に入った実績を持つ馬なのだ。平地のトップクラスで揉まれたスタミナと底力を武器に、障害という全く異なるフィールドで頂点を極める——これはまさに、競馬界における「二刀流」の体現と言えるだろう。

競走馬にはそれぞれ適性があり、芝の短距離を風のように駆け抜ける馬もいれば、ダートのパワー勝負を得意とする馬もいる。しかし、歴史を紐解くと、シホノスペランツァのように複数のカテゴリーを横断し、そのすべてでトップクラスの実績を残した名馬たちが存在する。

今回は「平地と障害」、そして「芝・ダート・障害」という過酷な条件をクリアした馬たちの偉大な記録を振り返っていこう。

全レースの「約3.7%」。障害競走という特殊な世界

二刀流の凄さを理解するために、まずは「障害競走」というフィールドの特殊性について触れておきたい。

JRA(日本中央競馬会)では、年間を通じて約3,456回ものレースが開催されている。しかし、その中で障害競走が占める割合は、年間でわずか130レース前後。パーセンテージに換算すると「約3.7%〜3.8%」という非常に特殊なレースである。

平地レースが純粋なスピードとスタミナの勝負であるのに対し、障害レースはそこに「飛越(ジャンプ)」という高度な技術が加わる。生垣や竹柵、水濠といった障害物を、時速60km近いスピードで走りながら飛び越えなければならない。さらに、騎手が背負う斤量(負担重量)も大きく異なる。平地レースでは50kg台半ばが一般的だが、障害レースでは60kg前後、重い時には63kgといった過酷な重量を背負って長距離を走破するのだ。

平地でスピードが足りずに障害へ転向する馬は多いが、飛越のセンスがなければ大成することはできない。逆に、平地で重賞を勝つほどのスピード馬が、重い斤量とスタミナが要求される障害レースに順応するのも至難の業だ。だからこそ、平地と障害の両方で重賞クラスの実績を残す馬は、ファンから特別な敬意を集めてもよいと思う。

才能の壁を越えた「重賞二刀流」の名馬たち

過去のデータから、平地重賞と障害重賞の「両方で勝利」を挙げた真の二刀流馬たちを見ていこう。彼らの経歴を見ると、見事なまでに多種多様なバックボーンを持っていることがわかる。

■ スピードの限界突破:アサクサゲンキ、エーシンホワイティ 通常、障害競走にはスタミナが求められるため、長距離を走っていた馬が転向するケースが多い。しかし、アサクサゲンキはなんと平地の「小倉2歳ステークス(1200m)」を制した生粋のスプリンターだった。そこから障害へ転向し、小倉サマージャンプなどを勝利。エーシンホワイティも1400mのファルコンステークスを勝った後に新潟ジャンプステークスを制覇している。若い頃のスピードを、障害戦での先行力へと応用させた見事な例だ。

■ 王道を歩んだ二刀流:ゴッドスピード 平地で重賞を2勝(小倉3歳S、府中3歳S)し、皐月賞や日本ダービーといったクラシック戦線でも活躍したゴッドスピード。彼は障害転向後もそのポテンシャルを遺憾なく発揮し、最高峰の中山大障害を制覇しました。平地・障害の両方で一線級の活躍を見せた、まさに二刀流のパイオニアと呼ぶべき名馬です。

■ 絶対王者を破った万能馬:タガノエスプレッソ 平地でデイリー杯2歳ステークスを勝ち、クラシックの皐月賞や日本ダービー、菊花賞にも皆勤したタガノエスプレッソ。彼のハイライトは障害転向後に訪れた。阪神ジャンプステークスなど障害重賞を3勝したが、京都ジャンプステークスでは、当時「障害重賞13連勝中」だった絶対王者オジュウチョウサンに土をつけ、大番狂わせを演じたのである。

■ 究極の二刀流:ニシノデイジー そして、近年で最も大谷翔平に近い二刀流がニシノデイジーだろう。彼は平地時代に東京スポーツ杯2歳ステークスなど重賞を2勝。さらにホープフルステークスで3着、日本ダービーで5着と、世代トップクラスの王道を歩んだ。その後、長らくの低迷期を経て障害へ転向すると、才能が再覚醒。2022年の最高峰レース「中山大障害(J・G1)」を制覇した。「平地G1で掲示板(5着以内)に入った馬が、障害G1を制覇する」という日本競馬史上初の快挙であり、シホノスペランツァの先輩とも言える最強の二刀流である。

平地重賞・障害重賞の両方を勝った馬

  • アサクサゲンキ(平地: 小倉2歳S / 障害: 小倉サマージャンプ など)
  • エーシンホワイティ(平地: ファルコンS / 障害: 新潟ジャンプS)
  • カネトシガバナー(平地: 神戸新聞杯、愛知杯 / 障害: 阪神スプリングJ、東京ハイジャンプ)
  • ケイアイドウソジン(平地: ダイヤモンドS / 障害: 阪神スプリングJ)
  • ゴッドスピード(平地: 小倉3歳S、府中3歳S / 障害: 中山大障害 など)
  • シンホリスキー(平地: スプリングS、きさらぎ賞 / 障害: 中京障害S など)
  • ソロル(平地: マーチS / 障害: 小倉サマージャンプ)
  • タガノエスプレッソ(平地: デイリー杯2歳S / 障害: 阪神ジャンプS、京都ハイジャンプ など)
  • ナムラモノノフ(平地: 阪神大賞典 / 障害: 京都大障害)
  • ニシノデイジー(平地: 東京スポーツ杯2歳S、札幌2歳S / 障害: 中山大障害)
  • メジロワース(平地: マイラーズC / 障害: 中京障害S)
  • メドウラーク(平地: 七夕賞 / 障害: 阪神ジャンプS)

芝・ダート・障害。すべてをこなした「究極の三刀流」

平地と障害の二刀流だけでも至難の業だが、競馬にはさらに「芝」と「ダート」という馬場の違いが存在する。この「芝の重賞」「ダートの重賞」、そして「障害の重賞」のすべてに出走し、しかもすべてで掲示板(5着以内)に載るという、ゲームのような成績を残した馬が、過去の歴史の中にわずか「4頭」だけ存在する。

① 唯一無二の三刀流:メジロゴスホーク 1980年代後半に活躍したメジロゴスホークは、この三刀流の中で唯一「重賞勝利」を記録している伝説級の馬だと思われる。

  • 【芝】スポーツニッポン賞金杯(G3):3着
  • 【ダート】札幌記念(G3):2着 ※当時の札幌記念はダート開催
  • 【障害】阪神障害ステークス・春:1着 芝とダートの両方で重賞の馬券内に入り、障害では重賞ウィナーとなる。現代競馬ではローテーションの細分化が進んでおり、このような馬が現れることは二度とないかもしれない。

② 万能ランナー:ブラックコンドル 2000年代初頭に活躍したブラックコンドル。彼はダートの平安ステークスで2着、アンタレスステークスで5着と好走し、芝の朝日チャレンジカップでも5着に入った。その後障害へ転向すると、小倉サマージャンプで3着。どの舞台に立っても確実に上位に食い込む、強靭な精神力と適応力の持ち主だった。

③ 惜しくも頂点に立てなかった三刀流 マルブツトップもまた、記録に残る名馬だ。芝の札幌2歳ステークスで4着、ダートのエルムステークスで4着(2回)。そして障害では京都ハイジャンプ(J・G2)で2着。すべてのカテゴリーで「あと一歩で馬券内、あるいは勝利」というところまで肉薄した。

④ 牝馬で最も近い三刀流:ノトパーソ 1990年代のノトパーソは、芝のサファイアステークス(5着)とダートのウインターステークス(5着)で掲示板を確保した後、障害へ転向。阪神障害ステークス・秋で3着に入った。当時のタフな競馬環境の中で、あらゆる条件を走り抜いた見事な記録である。

おわりに

シホノスペランツァの活躍をきっかけに過去のデータを振り返ると、競走馬たちの秘められたポテンシャルと、それを引き出す陣営の努力が浮かび上がってくる。

全レースのわずか数パーセントしか存在しない障害競走。そこは、平地での限界を感じた馬の「再就職先」と見られがちだが、実際には全く異なる才能が試される過酷な舞台だ。芝、ダート、そして障害。それぞれに要求される筋肉や走法が違う中で、複数の舞台でトップレベルの成績を残した「二刀流」「三刀流」の馬たちは、もっと賞賛されてしかるべきだろう。

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