アメリカ・チャーチルダウンズ競馬場で行われるケンタッキーダービー。ダート競馬の最高峰に、今年、面白いバックボーンを持った日本馬が挑む。
前哨戦となるUAEダービーを力強く制し、堂々と本番への切符を手にしたワンダーディーンだ。 中東の砂での圧巻のパフォーマンスを見せ、本番でも有力候補の一角として数えられる彼だが、その血統表を開いた際は驚いたはずだ。そこに記されていたのは、世界を席巻するような超良血でも、近代ダートのトレンドを凝縮した流行の血でもなかった。
ワンダーディーンの血統表に刻まれていたのは、日本の生産界と一人の馬主が、何十年という途方もない時間をかけて紡ぎ続けてきた「情熱」と「執念」の結晶に見えた。
父ディーマジェスティ
まずは、父ディーマジェスティの存在だ。 2016年の皐月賞を制し、ディープインパクトの後継種牡馬として期待された同馬だが、種牡馬入り後の道のりは決して平坦ではなかった。産駒から地方競馬での重賞勝ち馬は出ているものの、現在に至るまでJRAの重賞勝ち馬はゼロ。中央競馬の第一線からは、やや遠ざかっているのが現実である。
そんな「地味」とも言える種牡馬の産駒が、突如として海を渡り、ドバイの地で世界の強豪をねじ伏せたのだ。日本の芝クラシックを制した父の血が、ダートの国際舞台で突如として覚醒したという事実は、血統の持つ予測不能なロマンをこれ以上ない形で証明している。しかし、ワンダーディーンの真の恐ろしさとドラマは、父系ではなく「母系」にこそ隠されている。
桜花賞馬から連なる、40年越しの牝系の旅
彼の母系を遡ると、5代母にたどり着く。その馬の名はアラホウトク。1988年、第48回桜花賞を制した名牝である。 荒木正道氏(アラキファーム)の所有馬として日本の牝馬クラシックの頂点に立ったこの血は、その後アラマサブレーヴへと受け継がれた。そして2000年に誕生したワンダーマドンナを、長年「ワンダー」の冠名で知られる山本信行オーナーが所有したことで、この血統の運命は大きく動き出す。
競走馬として目立った成績を残せなかったワンダーマドンナだが、山本オーナーは彼女の血統背景を見込み、引退後も手元に残して繁殖牝馬としたのだろう。預託先は、日高のフクダファーム。ここから、ワンダーストーリリ、ワンダーシエンプロと、三代にわたって「ワンダー」の冠名を冠する牝馬たちが、同牧場で大切に育まれていくことになる。
日本の伝統的なスピードを伝える桜花賞馬の血を、他所から見初め、自らの基幹牝系として何代にもわたって守り抜く。この時点で、オーナーの底知れぬ愛情が伝わってくるが、物語はここで終わらない。
究極の自家配合:母父ワンダーアキュートが意味するもの
ワンダーディーンの母、ワンダーシエンプロ。彼女の父(つまりワンダーディーンの母父)を見た時、オールドファンは思わず息を呑むはずだ。 ワンダーアキュート。山本オーナーにとって、決して忘れることのできない名馬であるはずだ。
ワンダーアキュートは、スマートファルコンやエスポワールシチーといったダート黄金世代と長年しのぎを削り、JBCクラシック、帝王賞、かしわ記念とJpn1を3勝した名馬だ。しかし、彼を語る上で欠かせないのは、その「タフネス」とオーナーの「執念」である。 優秀なダート馬でありながら種牡馬として苦戦した兄ワンダースピードの無念、そして彼らを生んだ母ワンダーヘリテージの死。それらを一身に背負ったアキュートは、48戦という過酷なキャリアを戦い抜き、9歳にしてG1を制覇。その常識外れの頑丈さとオーナーの熱意によって、異例の高年齢で種牡馬入りの切符を掴み取った。
ワンダーディーンは、そんなオーナーの執念で種牡馬となったアキュートを、自らが長年育て上げてきた「ワンダー」の牝系に交配して誕生した馬(母ワンダーシエンプロ)から生まれた。 つまり、ワンダーディーンは「オーナーの自家製牝系」に「オーナーの自家製種牡馬」を掛け合わせて誕生した、「ワンダー一族の集大成」だともいえる。
もしや継承?
アラホウトクからつらねるワンダーの母系に、ワンダーアキュートの圧倒的なタフネスとダート適性。一見すると地味で泥臭い血統表の中には、日本の競馬界を支えてきた日高の生産者の知恵と、馬主の途方もない情熱がパズルのように組み合わさっている。
そして現在、ワンダーディーンの馬主欄には山本能成氏の名前がある。 先代である山本信行氏が人生を懸けて守り、紡いできた「血を残す」という執念は、冠名や勝負服とともに異なるオーナーへと変わった。これは継承か?しかも物語の中心には日高。なにかの物語やドラマも彷彿させる。
血統とは、データの羅列ではない。馬と人が織りなす「歴史」であり「想い」である。 日本の馬主の執念が生み出した奇跡の結晶は、異国で一体どんな新しい歴史を描くのだろうか。発走の時が、今から待ちきれない。
※筆者は山本オーナーと直接の面識があるわけではなく、本稿に記した背景はあくまで「一枚の血統表」から想像を膨らませたものです。それでも、これほどの情熱を読み取らせてくれるワンダーディーンの血統のロマンと、陣営の挑戦を心から応援しています。

コメント