春の訪れを告げる阪神競馬場のターフに、また一つ、破られることのないであろう偉大な金字塔が打ち立てられた。2026年3月22日、第74回阪神大賞典(GII)。1番人気に支持されたアドマイヤテラを駆り、鮮やかな勝ち名乗りを上げたのは、他でもない、武豊騎手(57)だった。この勝利により、武豊騎手はデビューした1987年から数えて、前人未到、驚異の「40年連続JRA重賞制覇」を成し遂げた。
「レジェンド」という言葉すら生温く感じる。40年。それは、一つの時代が始まり、終わり、そして次の時代へと移ろうのに十分な時間だ。オグリキャップブームに沸いた昭和の終わりから、平成の黄金時代を築き、令和の今に至るまで、彼は常に日本の競馬界の「顔」であり続け、トップランナーとして走り続けてきた。その変わらぬ技術、モチベーション、そして肉体の維持。どれ一つとっても、奇跡に近い。
マックイーン以来、34年ぶりの「阪神大賞典での始動」
今年の「最初」の重賞勝利が、この阪神大賞典であったことには、競馬の神様による粋な演出を感じざるを得ない。武豊騎手が、その年の最初の重賞を阪神大賞典で制したのは、実に1992年以来、34年ぶりの出来事である。
そして、1992年のその時のパートナーは、日本競馬史に残る稀代のステイヤー、メジロマックイーンだった。武豊とメジロマックイーン。このコンビで阪神大賞典を連覇し、天皇賞(春)も制した、あの黄金の日々。オールドファンであれば、アドマイヤテラの背中に、かつての名馬の幻影を見たとしても不思議ではない。
「2番目に遅い」年初勝利が物語る、衰えぬ勝負勘
だいたいの年、武豊騎手は1月から2月の早い段階で、その年の重賞初勝利を挙げることが多い。ファンにとっても、それが「新年の挨拶」のようなものだった。
しかし、今年は3月22日と、少しやきもきさせた。実は、デビュー年(1987年の京都大賞典が10月)を除けば、これは過去2番目に遅い年初重賞勝利である。ちなみに、最も遅かったのは昨年の2025年6月1日、目黒記念での勝利(パートナーは同じくアドマイヤテラ)だった。
ここ2年、年初の重賞勝利が遅くなっていることは事実だが、それを「衰え」と捉えるのは早計だ。むしろ、年齢を重ね、騎乗数を精査する中で、確実に「勝てるチャンス」をモノにする、老獪かつ研ぎ澄まされた勝負勘の現れと見るべきだろう。勝負どころで見せる、あの計ったような差し脚は、40年経った今も全く錆びついていない。
中央重賞367勝、唯一無二の「1着同着」メイケイエール
これで武豊騎手の中央重賞勝利数は、前人未到の367勝となった。この膨大な勝利の山の中で、たった一回だけ、特殊な記録がある。
それが、2021年のチューリップ賞(GII)だ。彼はメイケイエールに騎乗していた。その破天荒な気性で知られる彼女を何とか宥めながら、最後の直線で力強く抜け出した。しかし、外から猛然と追い上げてきたのが、川田将雅騎手騎乗のエリザベスタワー。二頭が鼻面を揃えてゴール板を駆け抜けた瞬間、長い写真判定の末に出た結果は「1着同着」。
重賞という大舞台での同着勝利は非常に珍しく、武豊騎手の367勝の中でも、このメイケイエールとの一戦は、異彩を放ち、ファンの記憶に強く刻まれている。最強のライバルである川田騎手との演じた、このドラマチックな一戦もまた、レジェンドの歴史を彩る重要な一ページである。
横山典弘との、30年以上にわたる関係
武豊騎手の偉大さを語る上で、同じ時代を戦ってきたライバルたちの存在を忘れてはならない。彼の記録を分析すると、興味深いデータが浮かび上がる。
重賞において、武豊騎手が1着の際、2着に一番多く来ている騎手は誰か。それは、同じく昭和から活躍を続けるレジェンド、横山典弘騎手である。その数、実に21回。これに、福永祐一(元騎手・現調教師)、安藤勝己(元騎手)の16回が続く。
一方で、横山典弘騎手自身も、中央重賞190勝という驚異的な記録を持つ偉大な騎手だ。そして、横山騎手が重賞を勝った際、2着に一番多く来ている騎手もまた、武豊騎手なのである(15回)。
将棋の世界には、宿命のライバル同士が盤を挟んで果てしない死闘を重ねる「百番指し」という言葉がある。ターフにおける武豊と横山典弘の軌跡は、まさにその競馬版と言えるだろう。30年以上の長きにわたり、互いの手の内を知り尽くした二人は、馬の息遣いを読み、一瞬の判断と幾千もの駆け引きで鎬(しのぎ)を削り合ってきた。時には1着2着を鮮やかに独占し、時には激しいムチの応酬で追い比べを演じる。
長い年月をかけて盤面(ターフ)で魂をぶつけ合ってきた二人の間には、言葉不要のリスペクトと、決して負けられないという騎手としての純粋な意地が、今も脈々と流れている。彼らが同じレースで手綱を取って並び立つ――その光景自体が、現代競馬が誇る奇跡であり、最高級のエンターテインメントなのだ。
各年最初の重賞一覧
どの馬で○年連続受賞制覇を達成してきたか、末尾に一覧を載せておく。重賞勝ち馬ばかりということなので当然ではあるが、名馬揃いである。
| 年 | 日付 | 勝ち馬 | レース名 |
| 1987 | 10月11日 | トウカイローマン | 京都大賞 (G2) |
| 1988 | 2月14日 | マイネルフリッセ | きさらぎ (G3) |
| 1989 | 3月5日 | シャダイカグラ | ペガサス (G3) |
| 1990 | 1月28日 | リキアイノーザン | 京都牝馬 (G3) |
| 1991 | 1月27日 | スカーレットブーケ | クイーン (G3) |
| 1992 | 3月15日 | メジロマックイーン | 阪神大賞 (G2) |
| 1993 | 2月7日 | キョウワホウセキ | 東京新聞 (G3) |
| 1994 | 1月30日 | ノースフライト | 京都牝馬 (G3) |
| 1995 | 2月5日 | スキーキャプテン | きさらぎ (G3) |
| 1996 | 1月28日 | イブキパーシヴ | クイーン (G3) |
| 1997 | 1月15日 | シーキングザパール | シンザン (G3) |
| 1998 | 1月6日 | エムアイブラン | 平安S (G3) |
| 1999 | 1月17日 | フサイチエアデール | シンザン (G3) |
| 2000 | 1月16日 | マーベラスタイマー | 日経新春杯 (G2) |
| 2001 | 2月24日 | ダンツフレーム | アーリン (G3) |
| 2002 | 1月5日 | ダイタクリーヴァ | 京都金杯 (G3) |
| 2003 | 1月12日 | サイレントディール | シンザン (G3) |
| 2004 | 1月11日 | マイネルセレクト | ガーネット (G3) |
| 2005 | 1月5日 | ハットトリック | 京都金杯H(G3) |
| 2006 | 2月5日 | アドマイヤムーン | 共同通信 (G3) |
| 2007 | 1月27日 | スズカフェニックス | 東京新聞 (G3) |
| 2008 | 2月24日 | ヴァーミリアン | フェブラ (G1) |
| 2009 | 2月1日 | チェレブリタ | 京都牝馬 (G3) |
| 2010 | 2月14日 | フォゲッタブル | ダイヤモ (G3) |
| 2011 | 2月26日 | ノーザンリバー | アーリン (G3) |
| 2012 | 2月12日 | トレイルブレイザー | 京都記念 (G2) |
| 2013 | 2月10日 | トーセンラー | 京都記念 (G2) |
| 2014 | 2月9日 | トーセンスターダム | きさらぎ (G3) |
| 2015 | 1月11日 | グァンチャーレ | シンザン (G3) |
| 2016 | 1月24日 | ディサイファ | アメリカ (G2) |
| 2017 | 1月5日 | エアスピネル | 京都金杯 (G3) |
| 2018 | 1月6日 | ブラックムーン | 京都金杯 (G3) |
| 2019 | 1月20日 | インティ | 東海S (G2) |
| 2020 | 3月8日 | サトノフラッグ | 弥生賞 (G2) |
| 2021 | 3月6日 | メイケイエール | チューリ (G2) |
| 2022 | 1月15日 | ルビーカサブランカ | 愛知杯H(G3) |
| 2023 | 1月8日 | ライトクオンタム | シンザン (G3) |
| 2024 | 2月17日 | ソーダズリング | 京都牝馬 (G3) |
| 2025 | 6月1日 | アドマイヤテラ | 目黒記念 (G2) |
| 2026 | 3月22日 | アドマイヤテラ | 阪神大賞 (G2) |

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